【インタビュー】心臓専門医の「緻密さ」と、かかりつけ医の「温かさ」を地域のために。中西としお医師

競争よりも、癒やしを。自分らしさから選んだ医師の道
—— まずは先生が医師を志した原点について教えてください。幼い頃からの夢だったのでしょうか?
いいえ、実は高校生になるまで、医学部への進学は全く頭にありませんでした。進路を決める段になって、改めて「自分はどんな人間か」を問い直してみたのです。 私は昔から、ガツガツと出世を競ったり、人の上に立って権力を振るったりすることには全く興味が持てない、いわゆる「おっとり型」の性格でした。 それよりも、目の前で困っている人の痛みを和らげたり、病気を治して安心させてあげたりすることに、純粋な喜びを感じるタイプだったんです。「この性格なら、医師として誰かの役に立てるかもしれない」。そう確信したのが、全ての始まりでした。
「論理」で命を救う。循環器小児科という選択
—— 専門に「循環器小児科」を選ばれたのはなぜですか?
一言で言えば、そこに「クリアな論理(ロジック)」があったからです。 大人の病気、特に生活習慣病などは、長年の積み重ねや様々な要因が複雑に絡み合っており、原因の特定や治療の正解を見つけるのが非常に難しいケースが多々あります。
一方で、子どもの心臓病などは、原因が明確であることが多いのです。「なぜ悪いのか」を理詰めで突き止め、そこに適切な技術で介入すれば、劇的に良くなる。その「論理的な治療が、確実な結果に結びつく」という点に、医師としての醍醐味と美学を感じました。
—— 子どもたちを診ることに、特別な想いはありましたか?
もちろんです。大人の治療が「マイナスをゼロに戻す」側面が強いのに対し、子どもの治療は「未来をつくる」仕事です。 子どもたちの生命力は本当に素晴らしい。適切な治療を行えば、彼らは驚くほどの早さで回復し、その先の長い人生を元気に歩んでいけます。未来ある子どもたちが笑顔を取り戻す手助けができること。これ以上のやりがいはありません。

2025年10月新刊発売されています
突然の訃報、そして継承。「同門の絆」が繋いだ縁
—— こちらのクリニックを引き継がれた経緯をお聞かせください。
これは本当に予期せぬ運命の巡り合わせでした。先代の松岡瑠美子先生とは、東京女子医科大学時代の同門で、古くからの先輩にあたります。研究室をご一緒したり、留学時期が重なったりと、直接の診療仲間というよりは、互いに切磋琢磨した同志のような関係でした。
その松岡先生が2023年5月に急逝されたと聞き、言葉を失いました。そして同時に、「先生を頼りにしていた患者さんたちが路頭に迷っている」という状況を知ったのです。
—— その状況が、先生の心を動かしたのですね。
はい。当時私は別のクリニックに勤務しておりましたが、「同門の仲間が遺した場所と、地域の患者さんを見捨てるわけにはいかない」という使命感に駆られました。 継承にあたっては、検査機器などを一新し、患者さんの不安を少しでも早く解消できる体制が整ったと自負しています。
「心臓」から「全身」へ。地域の健康をトータルで支える
—— 現在は循環器だけでなく、内科全般も幅広く診られていますね。
そうですね。出発点は心臓を診る専門医でしたが、医師を続けていく中で「専門分野だけを見ていては、患者さんの人生に寄り添えない」と痛感するようになりました。 人は年齢とともに、高血圧や糖尿病など様々な不調を抱えます。それらは単独ではなく、複合的に絡み合って「成人病」となります。だからこそ、心臓という「点」だけでなく、身体全体を「面」で診る力が必要だと考え、一般内科の研鑽を積んできました。
今、こうして地域のクリニックを任されたことで、その経験が活きていると感じます。私の内科・循環器・小児科に加え、中西雄亮医師による泌尿器科専門外来も行っています。 風邪や生活習慣病から、専門的な心臓・腎臓の病気、さらには「予防医学」の観点からの検診やエイジングケアまで。
「ここに来れば何とかしてくれる」。そう思っていただけるような、懐の深いクリニックでありたいと願っています。どんな些細なことでも構いませんので、まずは気軽にお話しに来てください。